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ドラマ「シリコンバレー」が面白い

Amazon Videoで何気なく見てしまったドラマ「シリコンバレー」が面白い。現時点でシリーズ2の途中まで見ている。

ITスタートアップと巨大企業の対立を描く。さえない主人公と、その仲間のキャラクターが濃い。とくに気に入っている人物が、ギルフォイル。自身の技術力に自信をもつ不遜なハッカーだ。こういう顔つきの人、ほんとによくいる!という感じ。IT業界のことを知っていれば、笑えるネタがたくさんちりばめられている。基本的にコメディで内容はとても下品。こどもには見せられない(R15)。

アメリカのドラマの面白さは、テンポのよさにある。CPSが異常に高い。CPSというのは、いま作った造語で、Cost per secondの略。1秒当たりの予算だ。短いシーンにも惜しげもなく予算をかけている。これが日本のドラマだと、たとえ脚本が面白くても、低いCPSにとどめるために、ぜいたくなシーンでも長く使うことで、間延びしてしまうのだ。

毎回のオチを振りかえると、多くはだれかにとって気まずい場面だ。面目がつぶれる、きまりの悪いシーン。人間のメンツやプライドを皮肉り、くすりと笑わせるネタから、プロットを組み立てているのかもしれない。

このドラマは、メディア技術史の教材ビデオとしても使える。主人公率いるパイドパイパー社の圧縮技術は非常にすぐれているものの、普及させるには幾重もの障壁が立ちはだかる。新技術の普及は、決して優れた技術が自然に選択された結果ではなく、社会的に構成されていく。「シリコンバレー」は、そのことを面白おかしく描いているからだ。

ただし下品すぎて、授業で見せることはできない。

(688文字・14分)

シリコンバレー:シーズン1 (字幕版)

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Silicon Valley
https://www.imdb.com/title/tt2575988/

村上隆,2010,『芸術闘争論』幻冬舎.

本書は、村上隆がニコニコ動画で生放送した内容をもとにした『芸術起業論』のパート2にあたる。『芸術起業論』は本棚にあるが読んでいないかもしれない。編集は穂原俊二と河村信。ブックデザインは鈴木成一と鈴木貴子(鈴木成一デザイン室)。

村上は、若者に世界のアートシーンで活躍する方法を教える。講義録のようなものなので話題はあれこれ飛び、体系的なまとまりはない。自作の制作プロセスの解説は興味深いが残念なことに図版がモノクロだった。

彼が強調するのは、アートというのはグローバルな市場におけるゲームであるということだ。ゲームにはルールがあり、そのルールさえ理解して「傾向と対策」をほどこせば世界で活躍できるという。一方、日本の美術大学の教育を批判し、貧乏で自由であることを正義とする日本の「自由神話」を徹底的に叩きのめす。

村上は、アーティストを目指す若者をロウアートのクリエイティブに恵まれない落ちこぼれだという。海外の美術大学は批評を中心としたディスカッションで進むが技術がない。その代わり、日本の予備校教育は一定の技術レベルに引き上げるノウハウをもっている。だから予備校の生徒に「傾向と対策」をほどこし、世界にデビューさせる試みをおこなっているという。ちなみにアーティストとしてサバイブする方法は、信用を増やすといったしごく常識的なものだった。

美大の目指す「自由」というのは無軌道な「自由」であり、その無重力状態を洗脳しているので学生は行き場がないのです。ただ、学生ももともとが「才能のない落ちこぼれ」ですから「苦労は嫌」「考えるの嫌」というのもある。なのに意外とみんなカッコつけていて、下積みは嫌いで理屈をひねり出すんです。それで、使い道のないような人間がどんどん量産されている。予備校で勉強している時はみんな一生懸命で、大学に入りたての頃は学生は希望をもっているわけです。けれども、いつの間にか、「自由神話」によって何の役にも立たない、ただのボンクラになって卒業したらもう一回、専門学校に行き直したりして3DCGのアニメーターになったりする現状があります。(pp.211–2)

村上が批判する美術大学教育の惨状はわからなくもない。内省的、私小説的な作品が不当に高く評価される異様なところもあるだろう。ただ、ダメな学生もいれば、したたかな学生もいる。美術大学では教えてもらえることなんてほとんどない。大学で獲得できるのは、教員を含むネットワークと設備だろう。ある美術家は、大学で学ぶことはないと早々に割り切って、技術職員を通じて技術を獲得することに集中していたと振りかえっていた。

この本を読むと、アーティスト(あくまで村上隆が定義するところのだが)ってつまらないなと感じる。文脈を複数にするとか、話題をマルチプルにするとか、一芸にとどまらずメディアを変えるとか、そういったノウハウは、たしかに「傾向と対策」だろうが、どれも小手先の技術に見えてしまう。アーティストが抱えている問題意識ってそんなに浅かったのか。彼らの作品や言葉は、こんな策略のもとで世に出ていたのだとすれば、ひどくがっかりする。

「自由神話」の否定はよくわかるのだけれど、ここまで評価経済を意識して立ち振るまうのなら、アートもビジネスや文化人の業界と変わらないということだ。それはそれで振り切っていてすがすがしくはある。しかしこの舞台は、あくまで村上隆や世界のトップアーティストたち(の多く?)によって演じられている特殊な世界だと突きはなし、本書を相対化しておくことも必要だ。

徹底的にリアリストな村上がヘンリー・ダーガーにたびたび言及しているのがおかしい。アートシーンすら意識していないダーガーが気になるのは、意図的なノウハウだけでは割り切れないものがあるからだろう。アートは、世界の景気動向と密接にむすびついた、きわめて資本主義的な世界だ。だから村上のような打算的なアーティストたちがしのぎを削っている。その舞台の裏側では、だれからもスポットライトがあてられないダーガーのようなアートに心を打たれることがあり、アートが更新されることもあるかもしれない。そんなことを期待してしまうのは、現実離れだろうか。

(1734文字・41分)

芸術闘争論

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村上隆,2018,『芸術闘争論』幻冬舎文庫.

芸術闘争論 (幻冬舎文庫)

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石田英敬・東浩紀,2019,『新記号論 脳とメディアが出会うとき』ゲンロン.

本書は、ゲンロンカフェでの3回の連続講義を文字に起こし、石田の補論をつけたもの。石田英敬の講義に東浩紀が合いの手をいれる。二人はたがいに敬意をもっていて、流れはスムーズ。基本的に予定されていた講義なので、緊迫した対立や脱線はない。ほめ合うやりとりが多いのには、やや戸惑った。構成は斉藤哲哉。装幀は水戸部功。本文デザインは加藤賢策(LABORATORIES)。

思想家の名前が数多く登場する。表紙にあがっている名前だけでも、フッサール、ドゥアンヌ、ライプニッツ、フロイト、スピノザ、ダマシオ、パース、デリダ、タルド、ドゥルーズ=ガタリなどなど。これらの思想をすべて読破するのはむずかしい。一般的な読者としては、講義を通して彼らの思想を遠くから眺めるしかない。

石田が繰り返しのべている主張を乱暴にまとめると、次のようになる。廃れてしまった記号論は、20世紀前半までのアナログメディアを対象としていて20世紀後半のデジタルメディアをつかみきれていない。現在の人文科学者は、現在のメディアの状況や科学の知見を取り込み、人文知をアップデートすべきである。石田は、「グラマトロジー(文字学)を現代的な問題にこたえられるように一般化する」という。

第1回目に登場する、視覚認知科学者マーク・チャンギージーの発見は面白かった。文字の基本要素と自然のなかで事物を見分けるパターンは類似していて、登場頻度も一致するという。へえと関心したが、動物の認知コストを節約する観点で考えれば、そうなるのがいちばんの近道なので当然のような気もする。

かつての思想家は、いまでいう文理を越境していたのに、いつのまにか別れてしまった。学生運動や社会運動にすこし言及している部分など、もっと聞いてみたいところはあったが、トピックが広範囲にちらばっていて、わたしにはつかみきれなかった。石田の単著でまとまってよめるのかもしれない。

「はじめに」で東は、現在の文系は旗色が悪くバカにされていると嘆く。文系の学者がプレゼンを軽視しているからバカに見えるのだと。東はゲンロンカフェでそうしたイメージを払拭しようとしている。この講義で刺激を受け人文学に入りこむ人が増えるかどうかはわからないけれど、ゲンロンカフェのような試みはとても興味深い。この講義には70名もの受講者が集まったとか。本書も重版するほど売れているようだ。

一方で、わたしにはこの講義の水準はむずかしかった。東京以外の都市で、はたしてこのような催事が成立するだろうか。さいきん、科学コミュニケーション、科学コミュニケーターの活動をよく耳にする。これらが対象としているのは自然科学であり、人文科学は入っていない。しかし、人文科学のコミュニケーションも潜在的に求められているのではないか。海外のサイエンスライターが、文理を横断した魅力的な本を書いて、ベストセラーになっているのがなによりの証拠だ。

思想をかみくだき、現実に即して解説してくれ、議論にいざなってくれる。そんな職能をもつプロフェッショナルは人文学の研究者がになうべきか、あるいは専門のコミュニケーターにまかせるべきなのか。そんなことを考えた。

(1269文字・43分)

講義の映像はvimeoでレンタルまたは購入できる。

チャンギージーの論文はここで読める。

https://www.changizi.com/uploads/8/3/4/4/83445868/junction.pdf

チャンギージーの邦訳本は品切れのよう。

ひとの目、驚異の進化: 4つの凄い視覚能力があるわけ

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新記号論 脳とメディアが出会うとき (ゲンロン叢書)

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西内啓,2013,『統計学が最強の学問である』ダイヤモンド社.

この本はまったくおすすめできない。読後感が最悪だった。端的にいうと、筆者の書きぶりが下品で口が悪すぎる。

タイトルの根拠を「統計学的に」示してくれたらあっぱれだが、そうではない。他の学問を引き合いに出すことなく、統計学だけがすぐれていると主張するだけだった。

統計学が素人のわたしには、筆者の説明が、丁寧さを欠き、煽り気味で、あぶなっかしい印象しか受けなかった。筆者はコンサルのようなので、この本を営業ツールにしているのだろうが、こんなコンサルには頼みたくない。

117ページ。「科学とは白衣を着て怪しげな機械や薬品をいじくることではなく、正しいことを最大限謙虚に、そして大胆に掘り下げようとする姿勢であると私は思っている。」とわざわざ太字で書いてある。そうですか。なんの根拠もなく科学者の道具を「怪しげな」という印象で批判するんですね。白衣を着た科学者を敵に回しましたね。

145ページには、タバコに関する疫学研究に反論する人を非難するために、6行のあいだに「バカ」が3回も登場する。はい、喫煙者を敵に回しましたね。

第6章では、統計学の6つの分野(社会調査、疫学、心理学、データマイニング、テキストマイニング、計量経済学)を紹介し、それぞれの違いを説明しようとしているのだけれども、いちいちそれぞれの研究者を見下した態度が鼻につく。全方位に敵をつくっている文章にしかおもえない。

この本のおかげで、「統計家」とは我田引水で悪辣な人たちであるという、とんでもないバッドイメージを広めてしまったとおもう。世のまともな統計家はきっとお怒りにちがいない。

口直しに別の本をよむことにする。

(699文字)

統計学が最強の学問である

統計学が最強の学問であるposted with amazlet at 19.04.18西内 啓
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生活のリズムが第一党

こんにちは、生活のリズムが第一党の党首です。党是は、生活のリズムが第一。公約は、基本的人権としての睡眠時間と朝昼夕食時間を保証することでです。睡眠時間、食事の時刻など、毎日同じリズムで生活することで、すこやかな生活をおくることができます。夜更かし、寝過ごし、ありえません。二度寝、三度寝はしません。早弁、おそ弁、ご飯抜き、もってのほか。太陽とともに活動するのが自然の摂理です。ついでにコンビニの24時間営業はやめてしまいましょう。

いやいや。みなさんに朝6時に起きて、9時に仕事をはじめようなどといっているわけではありませんよ。我が党は、そんな全体主義的な思想はもっていません。生活のリズムはそれぞれの人によってちがうでしょう。ただ、憲法がうたう健康で文化的な最低限度の生活を送るには、何よりも毎日一定のリズムが必要であり、それをみなさんに保証してあげたいのです。生活のリズムの大切さに気がついていない人たちがあまりにも多いので、こうしてわたしは闘っているのです。リズムが不安定な人は、目があいていても寝ているようなものです。さあご一緒に目覚めましょう!

おっと。党首としたことが、たいへんな夜更かしをしてしまった。もう日付が変わっている。かくも人間は矛盾に満ちている。おやすみなさい。

(541文字/17分)

生活リズムの文化史 (講談社現代新書 (647))
加藤 秀俊
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