書棚のたのしみ

先日、話題の書店内書店「松丸本舗」に行ってきました。

松丸本舗
http://www.matsumaru-hompo.jp/

ここは、本好きならずとも、しばらくは滞在してしまうのではないでしょうか。ソファがあったら、入場料を払ってもかまわないくらいです。

本を並べる

ここで目をひくのは、なんといっても本の並べ方です。普通の書店とも図書館とも違います。おそらく特注の書棚が、全体を三重に包んでいます。書籍の「圧迫陳列」といっていいほど、書棚の高いところから低いところまで、ぎっしり本が詰まっています。本は、書棚に整然と並んでいるのではなく、寝かせた状態で積まれていたり、奥の本が見えないほど、手前にも並んでいて、雑然としています。本は、新しいものや古いもの、小さなものや大きなもの、軽いものや重いもの、いろいろあります。

そして、ここにある本は、ほとんど重複がないため、まるで誰かの(それも相当の博覧強記の人の)書斎にまぎれこんだようです。ただ、ちょっと不思議なのが、ほとんどが「新品」の本だということ。書斎に迷い込んだようだけど、すこし落ち着かなかったのは、書棚にあるのが読まれた感じのない新品だったためです。

「編集者」を感じる書棚

とはいえ、本は、こうやってタテ、ヨコ、ナナメ、手前へ奥へと、自由自在に並べられることで魅力が生まれるのだとあらためて思いました。それも、ただ乱雑に置かれたのではなく、本と本の関係性を考えて配置されているため、魅力が生まれています。ここには、そうした配置した人間の存在を強く感じます。書棚の「編集者」といっていいと思います。

編集者といっても特別なものではありません。一般的にわたしたちの部屋にある書棚も、持ち主の編集の結果で、蔵書の関係性が視覚化された場所だといえます。だれでも自分の蔵書を「編集」して書棚に置いているからこそ、他人の書棚を見たいと思うんでしょうね。著名人の蔵書を再現した書棚もありました。なかでも、福原義春さんの蔵書は、さまざまなジャンルを横断していて面白かったです。

編集者を感じる書棚は、プログラムによってリストアップされるAmazonのおすすめ本とは違います。書店でよくある、ベストセラーの書棚やテーマフェアとも違います。こういったオンライン書店やリアル書店のおすすめは、あくまでも「売る」ために効率的に配置されます。わたしたちにとっても、売れ筋をチェックするには効率的なのですが、そうした書棚だけでは「買わされてる」感じを受けてしまいます。

ネットでやったらどうなる?──「背表紙」の力

このような編集された書棚の試みは、とても興味深いのですが、都心のリアル店舗でしかできないのでしょうか。

こうした試みは、ネットでもできるかもしれません。もちろん、それは、単に現実空間の書棚を仮想空間に再現するという意味ではありません。バーチャル空間ならではの書棚の見せ方ができるのではないかと思いました。

ネットで編集された書棚を見せるときに、本の「背表紙」が圧倒的な力を持つと思います。背表紙のビジュアルは、コンパクトな面積にタイトルや著者名、出版社やシリーズ、本の厚み(つまり、ボリューム)を、一瞬にして伝えてくれます。実は、すでに本の背表紙のイメージを上手に使ったサイト「新書マップ」があります。もちろん、新書マップの魅力は、背表紙のイメージだけでなく、選書してコメントしている「編集者」の存在にあります。

新書マップ
http://shinshomap.info/

例えば、坂本龍馬の新書リスト
http://shinshomap.info/theme/sakamoto_ryoma.html

ネット上で、こんな書棚がたくさん出てくるといいですよね。本棚共有のネットサービスは、いくつかありますが、どこも背表紙を並べた書棚のイメージをつくるのに苦戦しているようです。ネット書棚を充実するために、出版社は、表紙だけでなく、背表紙、裏表紙などの一連の表紙のイメージや、本のサイズがわかるデータベースを提供してほしいと思います。こうしたデータベースがあれば、魅力的な書棚をつくるマッシュアップができそうです。

ところで、2010年は電子書籍の普及が本格化するといわれています。考えてみると、電子書籍に背表紙は必要ありません。それでも、書棚のインターフェイスとして、背表紙のメタファーは電子版であっても使えるのではないでしょうか。

地方でやったらどうなる?

「松丸本舗」は、都心の大型書店がお金をかけたプロジェクトです。この書棚が、雑誌とコミックスしか買えない郊外のショッピングモールにあったらどうなるでしょうか。郊外であっても、潜在的なニーズはあると思います。ヴィレッジヴァンガードが、サブカルチャーの本を中心に、そうした需要を一部掘り起こすのに成功しました。それでは、もうちょっと知的な本を揃えた書棚をつくったらどうでしょうか。面白いけど、売り上げにはつながらないかもしれません。ただ、書店が文化の発進地であることを標榜しているのなら、こういった試みこそ、地方でもやってほしいものです。編集者が見える書棚があれば、読者はきっと応援すると思います。

書棚と平台―出版流通というメディア
柴野 京子
弘文堂
売り上げランキング: 6050

ミシェル・ゴンドリーの手作り映画バンザイ!

自分で映画をつくってみたいと思ったことはありませんか。興味はあるけど、難しそうだし、お金がかかりそう──そんな声が聞こえてきそうです。いやいや、もっとお手軽に楽しく映画をつくって、みんなで観る方法があるんです。そんな方法をおしえてくれる本に出会いました。

You'll Like This Film Because You're In It: To Be Kind Rewind Protocol (Picturebox Books)
Michel Gondry
Picture Box Inc
売り上げランキング: 30852

その本は、先日買った、ミシェル・ゴンドリーのデビュー本です。思ったよりもコンパクトな本でした。たったの80ページで、しかもその半分は写真です。この本の存在は、TOKYOメディフェス2009の会場でお会いした、remo の甲斐さんから教えてもらいました。remoでは、すでにこの本をもとにワークショップを開いたそうです。

ミシェル・ゴンドリーは、フランス生まれで現在ニューヨーク在住の映像作家です。ビョークやケミカル・ブラザーズなどの PV で有名で、近年は映画『エターナル・サンシャイン』などの映画監督としても活動しています。

本のタイトルは、”You’ll like this film because you’re in it: The Be Kind Rewind protocol”。日本語にすれば、『君自身が出てるからこの映画をきっと気に入るよ──Be Kind Rewind 方式』といったところでしょうか。副題の「Be Kind Rewind」とは、ゴンドリーが監督した映画のタイトルのことをあらわしています。映画の舞台は、レンタルビデオショップ。レンタル用の VHS ビデオカセットに表示されている「巻き戻してご返却ください」というメッセージが、Be Kind Rewind なんですね。ちなみにこの映画、邦題は『僕らのミライへ逆回転』になっています。

Be Kind Rewind 方式とは、いったい何か。それは、ずばりこの映画を見ればわかります。さえないレンタルビデオショップで働く主人公たちは、ひょんなきっかけで、ハリウッド映画を自らカメラを回して出演して、リメイクすることになるのです。リメイクといっても、ハリウッドがつくるような豪華なリメイク映画ではありません。素人が、お金をかけずに、がらくたや段ボールをつかって映画をつくっていきます。そこで、このような手作り映画のスタイルが、Be Kind Rewind 方式というわけです。

この映画のなかでは、手作り映画のことを「Swede(スウェーデン製)」と呼びます。自分たちでリメイク映画をつくることは、すなわちスウェーデン製に仕立て上げることなので「Sweding」、作品は「Sweded」となります。YouTubeで、「Sweded」をキーワードに検索してみてください。たくさんの手作り映画が見つかります。なんと、この映画の予告篇の Sweded 版もあるんです。監督のゴンドリー自らが出演しています。両者を見比べることで、手作り映画の雰囲気がつかめると思います。

↓本物の予告編

↓Sweded 予告編

さて、ゴンドリーは、2008年2月から3月にかけての約1カ月間、ニューヨークのソーホーにあるギャラリー Deitch Projects で企画展をひらきました。彼は、ギャラリーのなかに、映画に登場したレンタルビデオショップを再現し、手作り映画制作をサポートするセットを組み立てました。そこで、一般の人びとにむけた映画づくりのワークショップをおこないました。ワークショップでは、もちろん手作り映画をつくります。たったの数時間で、合成なし、編集なし、CGなし、徹底的にアナログでつくっていきます。ビデオショップの棚にかざる VHS カセットのケースのジャケットも手で描きます。最後には、みんなで上映会を開きます。

Michel Gondry’s Be Kind Rewind at Deitch Projects, N.Y.
http://www.deitch.com/projects/sub.php?projId=231

いま映像制作のワークショップは、さまざまなところで行われています。しかし、このワークショップは、ミシェル・ゴンドリー自身が企画したというだけで注目に値します。なぜならゴンドリーは、商業的な映像業界のただなかに身を置いている活躍中の現役職業人だからです。多くのプロフェッショナルは、素人の表現については懐疑的な立場をとります。素人の映像は、画質もカメラもひどいものです。プロフェッショナルが見向きもしないのも無理はありません。彼らが素人に映像制作を教えると、プロの制作現場に準じたプロセスを重視しすぎるあまり、機材や演出技法にこだわってしまい、つくる楽しさがそがれてしまいがちです。

しかし彼は、そういった職業人とはまったくちがった態度で、クオリティだけで判断しない映画制作の楽しみを、人びとに提案しているのです。このようなまなざしを持って実践している映像のプロフェッショナルは、なかなかいないのではないでしょうか。

ただ、うがった見方をすれば、このプロジェクトは、映画のプロモーションのようにみえなくもありません。しかしゴンドリーは、このプロジェクトをギャラリーのなかだけで終わらせるつもりはなさそうです。そうでなければ、ワークショップの手引きまでつけて、この本を出すはずがありません。

最後に、彼はこう書いています。

 この本の最後に、今回の方式の改訂版を掲載しました。自分自身のタウンムービーをつくりはじめるために、だれでもこれをコピーして使ってかまいません。この本は、みんなにこの経験をしてもらうように働きかける、それなりのレシピになっていると思います。できあがった映画は、Web にアップして終わりにしてほしくありません。作品は、テープにしろ DVD にしろ、物理的なデバイスに残しておいてください。これから書く手順にしたがえば、どんな会社にも自分たちの取り組みを後援させてはいけません。会社のお金なんて必要ありません。その代わりに、私の事務所に手紙を書けばいいんです。必要なのは、実施場所(プライベートかそうでないか)と、参加者と持っていればメールアドレスのリストだけです。引き換えに、私たちは、あなたの作品撮影のためのデジタルビデオカメラを無料で送ります。連絡を取り合いましょう。将来、世界中あらゆるところでたくさんのグループが自分たちの映画を作ったら、WWW ではなく昔ながらの郵便で、お互いの作品を交換しあって、あらゆる検閲をかいくぐるネットワークをつくれるかもしれません。
 グッド・ラック。

そう、どうやら彼はかなり本気のようです。

最後にごめんなさい。実はまだ、私は、ちゃんとこの本の全部を読んだり、映画を観てないのです。でも放っておくと何も書かずに終わりそうなので、ブログに書きとめておくことにしました。

Be Kind Rewind
http://newline.com/properties/bekindrewind.html

僕らのミライへ逆回転
http://www.gyakukaiten.jp/

Michel Gondry
http://www.michelgondry.com/

不思議な本『パターン、Wiki、XP』

先日、なんとも不思議な本・江渡浩一郎『パターン、Wiki、XP──時を超えた創造の原則』(技術評論社)を読みました。「不思議な本」と書いたのは、ソフトウェア開発と建築という、一見すれば無関係のような両者がまじわる独特の領域を描いた本だからです。本書は、技術書のようで思想書のような、異質のジャンルを横断した面白さを放っていて、一気に読みすすめることができました。内容は、プログラマー以外の方には、ややとっつきにくいかもしれません。しかし、ふだんからコンピューターやインターネットを使っている方にとっては、とても面白い話が詰まっていると思います。

 タイトルがまず不思議なので、簡単に説明しておきます。「パターン」とは、ソフトウェア設計の定石集「デザインパターン」のこと。「Wiki」は、Wikipediaではなくて、その源流の共同編集システムとしての「Wiki」のこと。そして「XP」とは、「エクストリーム・プログラミング(極限のプログラミング)」と呼ばれるソフトウェア開発手法のことです。

 本書は、この三者にひそんでいる共通点を追究しています。その共通点とは、オーストリア生まれの建築家クリストファー・アレグザンダーの建築理論を祖先にもっているということでした。この事実は、このあたりの手法に詳しい方なら周知のことのようですが、私はまったく知りませんでした。ソフトウエア開発と建築が結びついているとは、一見不思議な印象を与えます。しかし、ソフトウェア開発も建築も、それぞれ構造を設計し建築(アーキテクト)し利用してもらうというプロセスは共有しています。そう考えると、なるほど納得できる組み合わせです。

 本書のなかには、いくつもの箇条書きがならんでいます。それは、建築やソフトウェア開発に関する数々の原則です。なんらかの構造をつくる人たちは、ルールをつくるのが好きなんですね。

 本書を通じて、とくに興味深く感じたことを二つあげます。

 ひとつは、「利用者参加」というコンセプトです。

 アレグザンダーは、1971年オレゴン大学の建築プロジェクトで、利用者参加による建築を試みました。アレグザンダーは、建築の利用者と設計者を一致させるという目標をもっていたのです。しかし、アレグザンダーの試みはかならずしも成功したとはいえなかったようです。

 ところが、その理論をソフトウェア開発に応用しようとした人びとがいました。米企業の研究員ウォード・カニンガムとケント・ベックのふたりは、ソフトウェア開発の世界で、アレグザンダーの建築理論を援用して、利用者と開発者の一致を目指す取り組みをおこなったのです。そのコンセプトが、デザイン・パターンやXP、Wikiにも受け継がれました。ソフトウェア開発は、建築家という職業役割がすっかり固定している建築の世界ほどの長い歴史を有していません。彼らは、利用者と開発者の関係がまだ固定していないソフトウェア開発では、新たな社会構造をつくることが可能だと説きます。

 アレグザンダーも、カニンガム、ベックも、建築やソフトウェア開発といった特定の領域に閉じているのではなく、ひろく野心的で社会的な目標を抱えて活動しています。彼らの活動に共通している態度──それは、現行の業界システムや社会慣習を見直そうとする批判的な視点に立っていることです。彼らの思想にはいくつかの原則がありますが、そのなかでも「利用者参加」は、固定した職業役割や人間関係の変革をうながす、もっともラディカルなコンセプトに見えました。

 ふたつめは、新しくみえる概念や技術にも、源泉があったということです。

 デザインパターンやXP、Wikiなどといった、ソフトウェア開発における新しい潮流は、まるで、ある時にあらわれた新規なアイデアのようにみえます。しかしその登場の裏には、歴史的・思想的な系譜がしっかりとあったことがわかりました。表面的に流行を追っかけているだけでは、その源流をつかむことができません。その意味で、わかりやすく歴史をたどっている本書のような存在は貴重です。

 建築からソフトウェア開発へと影響を与えたアレグザンダーの理論は、近年ソフトウェア開発の世界からアレグザンダーへとフィードバックしているそうです。これから両者の交流が、また何かを生み出すかもしれません。


"パターン、Wiki、XP ~時を超えた創造の原則 (WEB+DB PRESS plusシリーズ)" (江渡 浩一郎)